
その女性の医師は「いまやめないと10年後に必ず脳梗塞がきます」と、こともなげに言った。
日々の暮らしに「禁煙」という概念を持ち込んだのは彼女のこのひとことだった。それから幾たび「禁煙」にチャレンジしたことだろう。が、ことごとく失敗した。知り合いのS薬局で禁煙パッチを求めたのは、医師のあのひとことから数えてもう5年が過ぎていた。
目覚めとともに、いざ、禁煙パッチを肩に貼った。すぐに「かゆみ」がきた。が、それは5分ほどで消えた。パッチから体内にニコチンが強烈に送り込まれているのか、吸いたい気分にならない。「へえー、けっこう効くなあ」。パッチ会社のHPにアクセスし登録すると、携帯電話に「励ましメール」が入ってきた。一日中、タバコを吸いたいという気が起きない。夜10時、シャワーを浴びパッチをはがした。この日、5回「励ましメール」がきた。禁煙を試みている仲間の掲示板もある。至れり尽くせりだ。
段々とバッチを小さくしながら4週間が過ぎた。いよいよパッチを全面的にはずす日がきた。自分の意志のみでの禁煙。これまではパッチからニコチンを吸収していたので正確にはタバコから100%解放されてはいなかった。吸いたい気持ちが起きてくるのではという不安があったが、半日過ぎても夜になってもその気持ちが起きない。
異変は夜中に起きた。急に気分が悪くなり目が覚めた。2時だ。全身からあぶら汗が吹き出してくる。トイレに行こうとしたが立てない。明らかに食中毒の症状だ。「けど待てよ。なんかおかしな物を食べたやろか?」。食あたりするようなものは何も口にしていない。呼吸もできないほどの苦しさが襲ってくる。這ってトイレに行った。どれくらいの間トイレに座っていたんだろう。壁に手をつきながらトイレを出て鏡にうつった顔を見てビックリした。まるで血の気がなく顔面蒼白だ。その場にうずくまったまま10分位が過ぎただろうか。すると、こんどは急速に気分が回復してきたではないか。
「待てよ、これは食中毒と違うなあ・・・」 翌朝、知り合いの看護師さんに電話し夜中の急変について説明した。彼女は「どうも精神的なもんみたいやなあ。なんか変わったことなかったあ?」と聞く。変わったこと? 「禁煙してるくらいや」というと、「ええっ、あなたが禁煙?日に70本も吸ってたのに?」
それからこう言った。
「それって禁断症状やわ、あははは・・・」
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