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【2020/04/02 04:47 】 |
梅雨がきた


  梅雨がきた。
 
 わが家(えー)では、田植えは親戚から応援がやって来て、にぎやかなものだった。腰を折って手で苗を植えるあの労働からはできるだけ逃げたかった。どうしたかというと、横一列に並んで植えている大人たちの後に、あぜ道から苗の束を投げ込み補給する役にまわるのだ。が、近場はいいが遠くに投げるのが、これはこれで子どもにはなかなか難しかった。
 
田植えは、古くから大勢の男女が田んぼに入り、思い思いに苗を植えるという「見込み植え」だったが、田んぼの両端から一定間隔に印をつけた綱を引っぱり、その印にそって植える「正条植え」に変わり、それで草とりも一気に早くなった。 けど、“田植えの機械でもあったらなあ…”と、大人たちは夢物語に笑いあっていた。

  耕運機はだから、それこそ弥生時代からの田植えにとって「革命」だった。ニッポンのすぐれた技術力が凝縮されたハイテク機械の誕生だ。田植えは1~2日で終わるようになって、あの重労働から国中の農家が解放された。僕の世代は多分、牛が田んぼを耕している風景を知る最後の世代だろう。

 生まれたときから家には牛小屋があり、まるで家族の一員のように牛がいた。鼻緒から引っ張った綱を父に代わって持たせてもらい、まだ年端もいかぬ男の子が田んぼまでの道のりをキボキボしながら牛を引いてゆく。それがどれほどスリリングだったことか。その牛を、もう見かけることもなくなった。
 

 
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【2011/06/02 11:32 】 | 未選択 | 有り難いご意見(2) | トラックバック(0)
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有り難いご意見
これも牛?
東南アジアの田園風景にも見えます。
紀伊半島のどこかでは、まだこういう風景が残っているのですか?
私の記憶にある田舎の牛の角は、もう少し短かったような気がします。
最近、心に刺さった言葉。83才の素敵なお着物姿のお婆ちゃまが、『人生は思い通りにはいきません。心のままになるのです』良いなぁ〜、と思いました。
毎回楽しみに読ませていただいています。
【2011/06/09 15:22】| | Leiden #5ad77d9ead [ 編集 ]


無題
 いつも楽しく拝見しています。牛のいる風景は懐かしいですね。私は40代半ばですが子どもの頃まだ田んぼに牛がいました。レンゲ畑もまだあったし、「はざ」に掛けて稲を干し、藁を束ねて家の形に積み重ねて田んぼで乾かす風景もありました。機械の進歩・普及と農林漁業の衰退とは、どちらが早かったのか遅かったのかわかりませんが、田植え機やコンバインなどの登場と同時に、農業からも人が消えていったような気がしています。
 いずれにせよ、一次産業が捨て駒にされ工業優先社会が作られていったことと農業の機械化とが時期的にリンクしていることは確かなのでしょう。だからといってつらい農作業からの解放は決して悪いことじゃなかったのでしょうが。
 でも最近では「高価な機械を買っても修理してくれるところがなく、壊れても部品すら手に入らない。かといって儲かりもしない農業で丸ごと買い換えるわけにもいかない」と嘆く農家の人たちの声をよく聞きます。暮らしも命も農林漁業に支えられているというのに、ずさんな扱われ方ばかりして大切にされないことが、いつでもとても気にかかっています。
 ところで「キボキボ」って面白い言い方ですね。どういう意味ですか?他にも何かあったら教えてくださ~い☆例文なんかも知りたいです。「でんだい」も面白かった♪
【2011/06/02 20:52】| | 明 #7dc1a9848e [ 編集 ]


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