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【2020/07/14 18:11 】 |
まっ白浜

  まっ白浜である。
  0年代から70年代にかけて白浜は開発ラッシュだった。古くから続いてきた明媚な風景が急速に形を変えていった。山が削りとられ海が埋め立てられ畑がつぶされていった。そのあとにホテルの高いビルが建てられ舗装された道路が敷かれた。この時期に日本のいたるところでくり広げられた自然破壊の開発の波に白浜も洗われていった。白浜町議会でも過度の開発に異議をとなえる人たちもいたし住民運動も起きたが、国も県も開発をあと押しした。しばらくすると土砂の流出や松林の荒れが起き白浜の海はもとの海ではなくなった。こうして微妙なバランスによって天然の白い砂が生成されていたメカニズムが壊された。

 いま、この白良浜はオーストラリアからの白砂の輸入によってかろうじてその白さが保たれている。沖合いにコンクリートを沈め過度の荒波が白砂を運び去らないように工夫もされている。専門家の援助もうけ考えられる限りの手は打っているのだが、もうあの頃の天然の白砂を生成することは望めない。さらに、こののち地球温暖化や異常気象の連鎖がいったいどんな環境の変化を引き起こすかはだれにも分からない。

 風莫(かざなし)の浜の白波いたづらにここに寄せくる見るひとなしに
 よみ人は人麻呂とも奥麻呂ともいわれている1000年も前の古い万葉の和歌だ。南紀州の海辺はどこも波が荒いが白浜半島の内海は静かな水面だ。ことしもまた多くの観光客がこの海に遊ぶことだろう。
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【2011/02/04 11:14 】 | 未選択 | 有り難いご意見(0) | トラックバック(0)
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