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「僕は彼の演説が好きだった」
「僕」とは戦前の作家・武田麟太郎で「彼」とは小林多喜二のことである。武田はいう。「はじめのうちは、あのう、あのう、あのうという間投詞がはさまって口ごもり勝ちだが、熱をおびはじめると北海道訛りのとれぬ言葉がいつ止むとも知れず流れ出す。すると聴衆たちはやや酔い心地でそれに耳をすます」。 この武田のことばから、多喜二の演説がどのようなものだったのかが少し分かるような気がする。聴かせる演説というものは一日にしてなるものではない。多喜二の場合、正確にいうと演説ではなく文芸についての講演なんだが、熱するうちに演説に変わったんだろう。多喜二らしいと思う。
もう少し武田から引用する。「その興奮が聴衆にうつってしまい、だれもかれも頬がほてる思いで彼の演説が終わると何故とはなしに熱い息を吐くのであった」―。 多喜二にはじめて会った立野信之はこう書いている。「洋服はボロだし、股の間に大きな色の違ったツギのあたったズボンをはいて髪の毛はボサボサで、色白の長身どころか陽にやけた小男だった。そして秋田訛りのガアガア声でしきりに喋った。こんな貧弱な小男によくあんな大作ができたもんだ」。
徳永直も初対面で同じことを感じたようで、「君は偽者じゃないのか?」と聞いたという話さえ残っている。多喜二の演説はスマートさなどとは程遠いもので熱いものだったんだろうと想像する。 多喜二に一度逢ってみたい。 PR |
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